青春と読書
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巻頭インタビュー
インタビュー 今しか書けなかったものがつまっている 道尾秀介
『背の目』『カラスの親指』などのミステリー作品で絶賛され、今最も注目されている作家・道尾秀介さん。二〇〇七年から「小説すばる」で連載されていた連作短編が『光媒の花』として刊行されます。
本作品は、人間の強さや弱さ、優しさを巧みに描き出した六章からなる群像劇。全六章を通して、一匹の蝶が見た背景が描かれ、各章に登場する人物たちにもつながりがあります。認知症の母親とひっそりと暮らす印章店の中年男性、共働きの親を持つ小学生の兄妹、二十年前想いを寄せていた同級生の少女を救えなかった自分に絶望するホームレス男性など−−。それぞれが大切な何かを必死に守るためにつく悲しい嘘、絶望の果てに見える光を優しく描きます。
道尾さんが「本当に今しか出せない」と語る渾身の本作品についてお話を伺いました。



――第一章の脇役が、第二章の主人公となり、第二章の脇役が第三章で ……と話がつながっていく。こうした群像劇の出発点はどこにあったのですか。

 一章目の「隠れ鬼」は単発の依頼だったんです。でも書き終えた時に、五、六話集めて短編集にしようという話になったんですね。でも僕は寄せ集めの短編集ってあまり好きではないので、どうせなら全部何かでつながりあっているものにしようと思い、こうした形になりました。六話を書き終えた時に物語がきれいに収束してくれて、読み返してみると連作短編集とも呼べなくなった。やっぱりこれは群像劇の長編だなと思います。

――全体を通してのコンセプトは考えていたのでしょうか。

 はじめは徹底的に悲痛な印象のお話を六つ書こうと思ったんです。でも第三章まで書いた時に折り返したくなって。第一章からひたすら悲しい方向に進んで、第三章で悲しさがマックスになったので、それまで出てきた人たちも、これから出てくる人たちもみんな含めて、もっと光の射す眩しいほうへ向かわせてあげたくなったんです。それで、第三章の「冬の蝶」から第四章の「春の蝶」へとつづけました。

――そこからトーンが変わっていくという。各章に白い蝶が登場します。短編集『鬼の跫音(あしおと)』では、カラスが登場すると不穏なことが始まるという展開でしたが。

 あれは不幸や不運の象徴だったんですが、これは蝶道をイメージしていました。蝶は毎日飛ぶルートが決まっていて、遠くまで飛んでも必ず元の場所に戻ってくるんですね。群像劇にしようと決めた時に、一匹の蝶がすべての人を見ているというイメージがわいたんです。それで、蝶が元の場所に戻ってくるのと同じように、第一章から第三章で折り返して、最後には元の場所へ戻ってくるわけです。

――登場人物のバリエーションは意識しました?

 群像劇という形がじわじわと見え始めた時に、老若男女を出したいと思いました。おじいさんも小さな女の子も出てきて、世の中にはいろんな人たちがいて絡みあっている、と分かるのが群像劇だと思うんです。だからストーリーの枠が許す限りいろんな人を出したかった。

――となると、まだ群像劇とは決まっていない、最初の「隠れ鬼」は何を意識して書かれたのでしょう。

 三年くらい前に書いたものなんですが、当時はまだミステリーを書きたいと思っていたので、ミステリーであることと、性的な描写を絡ませることを考えていましたね。

――『球体の蛇』で年上の女性との恋が描かれていますが、それに通じるなと思って。

 そうそう。もともとラディゲの『肉体の悪魔』とかコンスタンの『アドルフ』、デュ・モーリアの『レイチェル』、久世光彦さんの『燃える頬』といった、年上の女性によって翻弄される少年、青年の話が好きだったんですね。そうしたスタイルの恋愛を書きつつ、それを外側から包む大きなテーマとして「取り戻せないもの」を書きたかった。主人公の男の人だけじゃなくて、ここに出てくるおばあさんも虚しいですよね。もう取り戻せないものばかりで。

――寂しい余韻が残ります。

 長編だと、ひとつのストーリーの中で悲しいことと、それに対する救いを書けるんですよね。でも一本の短編の中で両方を書こうとすると、どちらも中途半端になってしまう。なので、前半はまず人生の影にあたる部分だけを書いていたんですが、三つ目の話を書き終えた時に、ここで逆のほうに向かわせたら全体で人世縮図が書けるんじゃないかって思ったんです。
(続きは本誌でお楽しみください)
【道尾秀介 著】
『光媒の花』(単行本)
3月26日発売
定価1,470円
プロフィール
道尾秀介
みちお・しゅうすけ●作家。
1975年東京都生まれ。著書に『背の眼』(ホラーサスペンス大賞特別賞)『向日葵の咲かない夏』『シャドウ』(本格ミステリ大賞)『ラットマン』『カラスの親指』(日本推理作家協会賞)『鬼の跫音』『龍神の雨』(大藪春彦賞)『球体の蛇』等。
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