さる十月十八日、東京の六本木オリベホールにおいて、二百名を超える聴衆を前に、佐藤賢一さんと池上彰さんの公開対談が行われました。
佐藤さんの『小説フランス革命』第IV巻のタイトルは「議会の迷走」。 一七八九年の革命の後、さまざまな党派が乱立し迷走を続けるフランス議会の姿は、つい先頃歴史的な政権交代がなった日本の状況とオーバーラップします。執筆当初、日本の現状と革命前夜のフランスとが似てきていると思いつつ書き進めてきたという佐藤さんの言葉をきっかけに、「そうだったのか!」シリーズで歴史をわかりやすく説いてきた池上さんが、壮大なフランス革命を見事にひもといていきます。豊富な話題が見事に展開されていくお二人のかけあいに、会場の観衆の多くが、感心しつつ大きくうなずいていました。
●「変革」が現実味を帯びてきた
池上 佐藤さんは、これまでフランスの歴史を題材にしている以上、いずれフランス革命を扱わざるをえないと思っていたそうですが、この今の時期に書こうと思われたきっかけから、まずお聞かせいただけますか。
佐藤 一つは、本格的にフランス革命に取り組むとなれば、やはり大変な作業になるだろうから、体力がまだ残ってる年代じゃないとできない。といって、三十代で扱うには技術が伴わない。ということで、四十代に入ったのを機に始めてみようということがありました。
もう一つは、今の日本にフランス革命というものを問いかけて、何か意味があるのかということですよね。ここ数年の日本が置かれている状況を見てみると、奇しくも「変革」という言葉がキーワードになっていました。今回の夏の選挙などは最たるもので、変革の兆しが実際に見え始めてきてもいます。この『小説フランス革命』を刊行し始めたのは去年ですけれども、そのときから革命前夜の状況と今の日本の状況とがすごく似通っているという実感があった。それは大きかったですね。
池上 具体的にはどんなところが?
佐藤 フランス革命が起こったきっかけは、まず財政危機なんですね。アメリカ独立戦争に肩入れしすぎたフランスは、厖大(ぼうだい)な戦費の調達のために財政危機に陥る。そこで財務大臣が改革案をもって次から次へと出てくるけれど、どれもみな失敗してしまう。それに追い討ちをかけるように、革命の前年の一七八八年、大飢饉がフランスを襲う。食糧不足で人心が荒廃し、世のなかが煮詰まったところで革命が起きるんですね。 最近の日本も、新しい総理大臣が出てきて新しいことをやろうとするんだけれど、短期間のうちに次から次とやめていく。そして去年のリーマン・ショックをきっかけに、底の見えない恐慌の只中に投げ込まれた。これを書き始めたときには今回のような選挙結果が出るとは思いませんでしたが、似たようなことが起こるんじゃないかなという予感はありました。どういう変革の形になるにせよ、フランス革命というものを現代の日本に問いかけることは、ただ単に自分が書きたいという意欲を超えて何らかの意味がある、そう思って書き始めたんです。
池上 今回の選挙で政権交代が起きて、次々と新しい政策が打ち出されていますね。銃弾が撃たれることなく、流血もなかったけれども、気がついてみると大きな変革が起きている。まるで八九年にチェコスロヴァキアで起きたビロード革命のようだといった人もいますけれども、まさにフランス革命と同じような状況が日本の中で起こっているわけですね。
ただし同じ革命前夜でも、日本の場合は去年まで悲惨な状態でしたね。首相が次々にあらわれるけれど、新しい首相が出てくるたびにがっかりさせられ、最後にはとうとう漢字が読めない首相まで出てきた(笑)。それに比べて、革命時のフランスには傑物がたくさん出てきた。なぜ当時のフランスにはあれだけの人材がいたんでしょう。
佐藤 それまでの政治は主に貴族たちに独占されていて、一般の人たちは、どんなに優秀で能力があっても政治に参加することはできなかった。それが革命が始まって、自分たちも発言できるというチャンスが巡ってきたときに、重しを外されたように多くの才能が一挙に出てきたのだろうと思います。
池上 日本はアンシャン・レジーム期のフランスよりは自由があってチャンスもあるはずなのに、このていたらくは何ですかね。
佐藤 そこはなんともいえませんが、ただ、「貴族政治の末期というのは言葉がなくなる」といわれています。
池上 言葉がなくなる?
佐藤 自分たちのやろうとしていることを有効に表現する言葉がなくなって、社会のニーズにこたえられずに先も見えなくなっていく。国民が不安を覚えても納得させることができない。フランス革命前夜には、言葉を使える人たちの才能はみんな政治ではなく文芸のほうに流れていくんです。モンテスキュー、ヴォルテール、ルソーといった人たちですね。それに比して、政治のほうは言葉をどんどん失っていく。そして革命で貴族たちが倒れたときに、言葉をもっている人たちが政治の舞台にドッとあらわれてくるんですね。
池上 近年の日本も、政治家の言葉が本当に軽いものになり、私たちの胸を打つ言葉がなかったですよね。ところが佐藤さんの本を読むと、ミラボーにしてもダントンにしても、まさに言葉によって人々が立ち上がって動いていく。言葉の力というのはすばらしいんだってことを再認識しました。
佐藤 フランス革命で吐かれている言葉というのは、人類が吐き出した言葉の中でもっとも熱っぽい言葉の一つだと思いますね。それらの言葉にじかに触れて、それを日本語に訳し、さらに小説として再構築していく。これは本当に幸せな、作家冥利に尽きる仕事だなと思いながら書いています。
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(続きは本誌でお楽しみください) |
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【佐藤賢一 著】
『小説フランス革命I〜IV』(単行本)
発売中
定価(各)1,575円 |
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【池上 彰 著】
『池上彰の講義の時間 高校生からわかる「資本論」』(単行本)
発行=ホーム社/
発売=集英社
発売中
定価1,365円 |
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佐藤賢一
さとう・けんいち●作家。
1968年山形県生まれ。93年『ジャガーになった男』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。著書に『傭兵ピエール』『王妃の離婚』(直木賞)『カエサルを撃て』『カルチェ・ラタン』『オクシタニア』『カポネ』『女信長』『英仏百年戦争』等。 |
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池上 彰
いけがみ・あきら●ジャーナリスト。
1950年長野県生まれ。73年NHKに入局。報道記者等を経て2005年退社、現在に至る。著書に『これが「週刊こどもニュース」だ』『そうだったのか!現代史』『そうだったのか!中国』『高校生からわかる「資本論」』等。 |
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