青春と読書
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鼎談
巻頭鼎談 いのちを語る 日野原重明×アルフォンス・デーケン×木村利人
 五月に刊行予定の新刊『いのちを語る』は、それぞれの立場から「いのち」について深く考えてこられた三人が語り説くという、多面的な構成で織り上げた一冊です。
著者は「いのちの教育」を続ける医師の日野原重明さんと、長年、「死生学」を提唱してきたアルフォンス・デーケンさん、そして、戦争下の科学の犯罪性を歴史資料を元に糾弾する木村利人さん。
本書に込めた思いや次世代へのメッセージを、あらためてお話しいただきました。



●いのちの大切さの根拠

木村 今回は日野原先生、それからデーケン先生とご一緒に、「いのちを語り合う」機会を与えられ、大変うれしく思いました。
この本のメッセージは三つあると思います。ひとつはいま、いのちに対する考え方が崩壊している。そうしたなかで、いのちの意味を考え、それを守っていくことの重要さです。秋葉原の無差別殺傷事件にしても、元厚生事務次官の殺傷事件にしてもそうですが、問答無用でいのちが奪われています。
そこで今日は、まずそのいのちの大切さの根拠をどこに置くのか、ということから、話し合いたいのですが。
デーケン 私はいつも授業や講演において、私たちのいのちは、お父さん、お母さんからいただいた宝物だからこそ尊い、勝手に捨ててはいけないと話してきました。いのちの尊さを教えることは、自殺の防止にもつながるものだと強調したいです。
木村 儒教でも、「身体髪膚(しんたいはつぷ) これを父母に受く あえて毀傷(きしよう)せざるは 孝のはじめなり」と言いますね。いのちをむやみに殺傷しない、体も傷つけない、それが親孝行であって、親孝行というのは天の法則に合っている、という考え方があります。
日野原先生は、患者さんを含めた人生の出会いのなかで、いろいろな機会にいのちの大切さをお感じになったと思いますが。
日野原 私が最初に看取った患者さんは、一六歳の紡績女工さんでした。私はその少女から、「先生、私はもうお母さんに会えないと思います。育ててもらったことを私がどれだけ感謝していたかということを、先生からお母さんに伝えてください」と頼まれたんです。
しかし、私はいのちとは、その意味ではなくて長さだ、という科学で教育されてきたので、一時間でも一〇分でもいいから、いのちを長引かせようと、強心剤を注射しました。でも、結局、彼女は死んでしまったんです。
そしてそのあと、私のやった行動は間違っていたと反省したんです。「安心して成仏しなさいよ。あなたの代わりに私がお母さんに、あなたの気持ちを伝えてあげるから」と言うべきだったと。
日本はいまや、世界一長寿の国ですから、長さという意味では医学的に成功したとはいえるけれど、しかし、いのちは長さではなく深さだ、と私は考えるようになった。そういう反省も、患者さんが死をもって教えてくれたのです。
木村 デーケン先生は、死を語ることをタブー視する日本の文化的、社会的な状況のなかで、「死の教育」を提唱されてこられました。日本で始められたとき、すでにドイツではそういう教育はあったのでしょうか。
デーケン 二月七日で、私は来日五〇年となりました。私が上智大学で三〇年前に「死の哲学」を教えたいと提言したとき、唯一の励ましは、やめたほうがいいということでした(笑)。学生が講座に来ないだろうと言われたのです。
ドイツでは当時すでに中学と高等学校で、多様な文化や宗教における死の解釈、ホスピス運動、安楽死と延命、葬儀の意味など、教科書に掲載され、教えられていました。
たとえば、がんの告知を受けたとき、延命を考えたり、ホスピスに入る選択をしたり、在宅でケアを受け、自宅で最期のときを過ごすという選択肢もある。生と死に関する教育がなされれば、日本人が人間らしい自分の死に方について考え、選択ができるようになると考えたのです。
日野原 日本では、仏教や儒教の影響による死生観が入っています。だから、ドイツとはちょっと死生観が違いますね。

(続きは本誌でお楽しみください)
【日野原重明/アルフォンス・デーケン/木村利人 著】
『いのちを語る』(単行本)
5月26日発売・予価1,000円
プロフィール
日野原重明
ひのはら・しげあき●聖路加国際病院名誉院長・理事長。
1911年山口県生まれ。41年聖路加国際病院内科医、現在は同病院名誉院長・理事長等を務める。98年東京都名誉都民、99年文化功労者、2005年文化勲章。予防医学の重要性、終末期医療の普及、医学・看護教育に尽力。著書『生きかた上手』『私が人生の旅で学んだこと』等多数。
アルフォンス・デーケン
Alfons Deeken●上智大学名誉教授。
1932年ドイツ生まれ。59年に来日以来、「死生学」を提唱する。「東京・生と死を考える会」名誉会長。91年全米死生学財団賞、菊池寛賞、98年ドイツ功労十字勲章、99年東京都文化賞、若月賞。著書『死とどう向き合うか』『よく生き よく笑い よき死と出会う』等多数。
木村利人
きむら・りひと●恵泉女学園大学学長。
1934年東京都生まれ。タイ、ベトナム、アメリカ等で教授を歴任、国際的なバイオエシックス研究の第一人者として活躍。早稲田大学名誉教授。2006年より恵泉女学園大学学長。「幸せなら手をたたこう」を作詞。著書『いのちを考える』『自分のいのちは自分で決める』等多数。
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