青春と読書
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対談
対談 「歴史」を書くということ 塩野七生×佐藤賢一
 第三巻『聖者の戦い』が刊行される佐藤賢一さんの「小説フランス革命」は全十巻の予定。年二冊刊行のペースで五年をかけて完結という長丁場です。先頃、十五年の歳月をかけ『ローマ人の物語』全十五巻を完結した塩野七生さんに、個人で通史を書く際の苦労、長丁場を無事こなしていくための秘訣など、お話をしていただきました。


●歴史学から歴史小説へ

塩野 佐藤さんは大学院は西洋史をご専攻だったそうだけれども、学部のときのご専攻は?
佐藤 教育学部でしたので、課程としては中学社会科で、専門が西洋史、十四世紀の中世フランスでした。大学院では、時代が十五世紀、十六世紀に移りましたけれども、同じ中世フランスです。
塩野 そういう勉強をなされた佐藤さんは、歴史学に対してどうお考えなんですか。
佐藤 歴史学というのは、時代を描くものじゃないかと思っています。つまり、個々の人間よりも、その時代の歴史がどういう必然で動いたのかを説明するのが歴史学であって、そこでは、だれが何をやったかではなくて、だれがやっても必然的にこうなるんだということを証明し得たほうが偉いみたいなことになるんです。
塩野 そこに不満をもたれて、歴史小説にお入りになったということですけど、そうすると、歴史に関係するものは、歴史学か歴史小説のどちらかだとお考えなんですか。
佐藤 そうですね。ぼくの中では、歴史学と歴史小説の二つを区別して進めてきたところがあります。
塩野 私は佐藤さんと違って、歴史に関係するものは、歴史学と歴史と歴史小説の三つに分かれると思っているんです。歴史学というのは人が書いた歴史を研究する学問、歴史というのは歴史を書く部門で、歴史小説はそれをフィクションにする。これは私の独創でも何でもなくて、外国へ行くと、特にイギリスあたりの書店では大抵そのように三分されています。『ローマ史』を書いたドイツのモムゼンは歴史学者ですね。でもあの人は歴史学者として学問を始めたわけじゃなくて、最初はローマ法の学者だったんです。彼がローマ法のシンポジウムか何かのときに講演を終えて壇を降りてくると、そこに出版社の人間が待っていて、「あなた、ローマ史をやってみませんか」といった。それで『ローマ史』を書くわけですけど、ある意味、モムゼンはローマ史については素人なんです。『ローマ帝国衰亡史』のギボンも間違いなく素人です。さらに遡れば、ヘロドトスもトゥキディデスも素人です。
 というわけで私は、歴史学というのは歴史のプロが勉強するものであって、歴史というのは素人が書くものじゃないかと思っているんです。ずいぶん昔に、司馬遼太郎さんが私に、「日本は、歴史研究かそれとも歴史小説としか考えてない。君はその中間をいこうとしているけれども、大変だね」といわれたことがあります。そういうことに対して反逆したり、疑問をもつようなことはなかったんですか。
佐藤 ぼくが大学院にいるときは、歴史叙述がどうとか考えるより前に、まずアカデミズムの方法論を徹底的にたたき込まれたわけです。いわば特殊部隊がいろんな武器の扱い方を教えられるのと同じで、歴史を学ぶことのおもしろさとか興奮ということよりも、プロの技術をひたすらたたき込まれた感じです。
 そういう中で、自分が歴史というものに対して本当にやりたかったことがどうにも消化しきれないという不満がものすごくありました。その不満をぶつけるときに、ぼくが選んだのが小説という手段だったんです。

(続きは本誌でお楽しみください)
【佐藤賢一さんの本】
I『革命のライオン』
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発売中・定価(各)1,575円

III『聖者の戦い』
3月26日発売
定価1,575円
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プロフィール
佐藤賢一
さとう・けんいち●作家。
1968年山形県生まれ。著書に『ジャガーになった男』(小説すばる新人賞)『傭兵ピエール』『王妃の離婚』(直木賞)『カエサルを撃て』『オクシタニア』『剣闘士スパルタクス』『女信長』等。
塩野七生
しおの・ななみ●作家。
1937年東京都生まれ。著書に『ルネサンスの女たち』『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』(毎日出版文化賞)『海の都の物語』(サントリー学芸賞・菊池寛賞)『ローマ人の物語』『ローマから日本が見える』『ローマ亡き後の地中海世界(上・下)』等多数。
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