青春と読書
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特集◆小説すばる新人賞・すばる文学賞
対談 おもしろくて、恰好いい活劇を! 宮部みゆき×矢野 隆
 頃は室町末期。戦乱の日本各地を、誰にも仕えることなく、己の技倆と才覚のみで生き抜く最強の傭兵集団「蛇衆(じゃしゅう)」。体術の天才・朽縄(くちなわ)を筆頭に、槍の十郎太、金棒の鬼戒坊、弓の孫兵衛、小刃投げの無明次、紅一点・大太刀遣いの夕鈴。そして渉外担当の宗衛門。彼ら七人が縦横無尽に戦国の世で活躍する、第二十一回小説すばる新人賞受賞作『蛇衆』。
作者の矢野隆さんは前回、『臥龍の鈴音』で同賞最終候補に残りましたが、選考会で同作を高く評価したのが宮部みゆきさんでした。宮部さんの期待に応えて今回、見事受賞を果たした矢野さん。尊敬する先輩作家と歓びを分かち合っていただきました。



●テレビゲームからの影響

宮部 今回の受賞作は、『蛇衆』も『魚神』もともに全体の評価が高かったんです。私が小説すばる新人賞の選考委員に加わらせていただいて七年になりますが、その間に二作同時受賞はありませんでしたし、それ以前でもこれほど得点が近接して高い評価を得たのは、第十回の荻原浩さんと熊谷達也さんが出たとき以来だそうですね。ですから、受賞作決定の後はその話で持ちきりでした。熊谷さん、荻原さん以来の組み合わせだから、この二人もきっと大きく伸びてくれるだろう、期待しましょう、と。
 応募の時点では、「蛇衆綺談」というタイトルでしたよね。井上ひさし先生も矢野さんの作品を高く評価なさっていましたけど、「タイトルで、なぜか奥ゆかしく『綺談』とつけている。これは遠慮したんですな」とおっしゃったんです。私はお隣に座っていたものですから、先生に向かって「そうですよね。私は『綺談』なんてつけてへりくだるなぁ! と思ったんですよ」と思わずいってしまいました(笑)。ともかく、非常におもしろく読ませていただき、大変興奮しました。
矢野 ありがとうございます。
宮部 お会いしたら、まず伺いたかったことがあります。矢野さんは、テレビゲーム、お好きですか。
矢野 はい。先生ならお気づきいただけるかと思いますが、傭兵で、しかも「蛇」ですから。
宮部 かの有名なスネーク、「メタルギア・ソリッド」ね(笑)。
矢野 ええ。ゲームは全般に好きで、アクション系もやります。
宮部 シミュレーションRPGやRPGでは、どんなものをやっていらっしゃいますか。
矢野 RPGでは「女神転生」とか、シミュレーションだと「信長の野望」や「スパロボ(スーパーロボット大戦)」をやります。
宮部 「幻想水滸伝」のシリーズはやっていらっしゃいません?
矢野 やってないんですよ。
宮部 ほんとに? 私は『蛇衆』を読んだときに、この人は「幻水」シリーズのファンに違いないと思ったんです。蛇衆のメンバーの組み方が、あのゲームのユニットそのものじゃないですか。あそこに魔法使いが一人入ると完璧ですよね。しかも、それぞれの得意の武器の振り分けが、近接戦闘と遠距離戦闘とでうまくバランスが取れている。近接戦闘が、拳士の朽縄と槍の十郎太、剣の夕鈴、金棒の鬼戒坊、ミドル系戦闘が、小刃投げの無明次、そして、遠距離が弓の孫兵衛。「幻想水滸伝」も六人でパーティーを組んで、近接系(S)、ミドル系(M)、遠距離系(L)の三つに組が分かれている。私、いつも選考会にはレジュメをつくって持っていくんですけど、そこに「この人、絶対幻想水滸伝のファンだ」と書いていたんです。それはちょっと外れたなぁ(笑)。
矢野 でも、そういう組み方はRPGの基本ですから。ゲームの影響を受けていることは間違いありません。
宮部 ご自分でゲームをつくるとか、映画を撮るとか、映画のシナリオを書くとか、コミックを描くとか、そちらのほうに興味はいかなかったんですか。
矢野 ぼくはジャンプ世代なので、『キン肉マン』とか『北斗の拳』に夢中になって、小学生のときから漫画家になりたいと思っていました。で、高校はデザイン科を選んで、二十一、二の頃まで漫画を描いていました。漫画の応募規定というのは、頁数が大体二十枚前後なんですけれど、いざストーリーにしていくとどんどん膨らんじゃうので、規定枚数では入らない。その点文字であれば、何百枚か書けるわけですよね。これはもう小説だなというところから、小説に入っていったんです。
宮部 つまり、ご自身にとって得意な武器は、コミックではなく、活字、小説のほうだと思ったわけですね。
矢野 はい。欲張って、これ恰好いいぞと思ったら、とりあえず何でもかんでも入れちゃえという傾向が強いので、やはり、小説という器はありがたかったですね。
宮部 その段階で、長編のコミックを見てあげるというような編集者にもし会っていたら、コミック作家になっていたかもしれない?
矢野 ただ、絵のほうにも限界を感じていましたから。むらっ気があるというか、キャラクターを中心に書いていくのは好きなんですけど、背景を書き始めると、そこでスピードが鈍ってしまうというか……。絵は向いていなかったのかなと、今でも思います。
宮部 それは小説界にとっては幸いなことでした(笑)。

(続きは本誌でお楽しみください)
【矢野 隆 著】
『蛇衆』
発売中
定価1,575円
単行本
蛇衆
プロフィール
宮部みゆき
みやべ・みゆき●作家。
1960年東京都生まれ。著書に『火車』(山本周五郎賞)『蒲生邸事件』(日本SF大賞)『理由』(直木賞)『模倣犯』(毎日出版文化賞特別賞・司馬遼太郎賞)『名もなき毒』(吉川英治文学賞)等。
矢野 隆
やの・たかし●1976年福岡県生まれ。2007年、第20回小説すばる新人賞最終候補に。2008年、「蛇衆綺談」で第21回小説すばる新人賞を受賞(受賞後、「蛇衆」に改題)。
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