有名作家の名作タイトルをパロディにした小説集『南極(人)(なんきよくかっこひと)』を刊行された京極夏彦さん。『どすこい(仮)』に続くギャグ小説第二弾です。
「小説に愛の字は要らない」と語る京極夏彦さんと、ホラー小説や実話怪談、ノンフィクションの分野で活躍する「ハートレス」な「キクチ」系作家、平山夢明さんとの対談は、ギャグへのひそやかな思いを語り、なまぬるい愛の偽善をぶん殴る、痛くも心地よいものになりました。神田の一隅にひっそりとたたずむしもた屋を、爆笑に次ぐ爆笑で包んだお二人の話をお届けします。
(前略)
京極 この本は、読んだら馬鹿になるかもしらん、くらいの気持ちでいたんだけど、難しいですねえ。まあダメな感じくらいは出たかなあとは思いますが……各作品のタイトルからしてダメでしょ。パロディなんて高尚なもんじゃなくて、「ケッ」て笑われたかったわけ。良いタイトルを、ダメにする、そのためにやってるという(笑)。
平山 聞いた時に腰が抜けたのがあったよ。「探偵がリレーを」(笑)。これはまさに「モナリザ」にへの字を書くようなもんだね。「誰だ! こんなことして!」って絶対言われる(笑)。
京極 担当と、次は東野圭吾作品でやろうかということになって、コンマ二秒で考えました(笑)。東野さんもギャグ小説を書いてるし、「ギャグはいい」って対談までした仲だから、まあそんなに怒らないだろうと(笑)。平山さんの『独白するユニバーサル横メルカトル』は……ダメにしにくくて困りましたねえ。いじっても、妙な格調が残るのね。もっとテッテイ的にアホらしくしないといかんと思って……その結果が『毒マッスル海胆(うに)ばーさん用米糠(こめぬか)盗る』。ヒドイね(笑)。
平山 これを最初に聞いたときはね、サザンだ、桑田だ、って思った(笑)。「毒マッスル海胆」って言った時点でふつうは「大丈夫ですか」って言われちゃうね。海胆は水の中にいるのにどうやって米糠盗るんだって話だね。だいたい米糠のほかに盗るものあるだろう(笑)。
京極 あるな。でも、そのこじつけ感がね。苦しまぎれというか。もう、どうしようもないところまで押してって、それでもダメで、がーっと投げるみたいな、まあ実話怪談でいうやりっぱなしみたいなことをしないと、どうも勢いが出ないんですね。
平山 これだけ知識と技量がある人がそういうことをすると、読者にとっては乱暴なカイロプラクティックに行ってるようなものかもね(笑)。「いきますよ!」「やめて!」「パキッ」(笑)とかいうやつ。読んでるほうはどんどんつぶされていく(笑)。
京極 でもねえ、まだまだですよ。しょせん、技巧に走っちゃうことが多くて、
そうなるとハードルが上がります。「ケッ」と蔑まれるとこまでは行けたとしても、「ぶはッ」とリアル噴き出しするところまではなかなか行きません。それ以前に、タイトルで脱力してまともに読んでくれないかもしれない(笑)。今度から題だけは普通につけようかしら。
平山 でも京極夏彦の普通の小説っぽいタイトルで中味がこれだったら、暴動が起きるかもしれないよ(笑)。乱丁か落丁じゃないかって思われるかもしれないね。
京極 作者の脳が落丁してる(笑)。筆は乱調。
愛なんてただの執着
平山 この本は従来の京極夏彦の小説からはかなり離れている?
京極 本人的にはまったく変わらんですよ。まあ西か東か、向いてる方向が違うだけです。読者の方がどう受け取っているかはともかく、他の小説にも愛の字はないですから。この本からも愛はわいて来ないと思うけれども……わくかな?
平山 でも安い愛なんて、どこにでもす
ぐわくんだよ(笑)。愛ってうじ虫と一緒だよ(笑)。ある一定量を超えるとよくないから、俺たちが適当に刈っておかないといけない(笑)。
京極 ああ、愛の刈り込みってのは必要ですね。ホラー映画が一時ぜんぶ愛にのっとられたけれども、あの時は、ホラーはもう駄目かと思った。「パラサイトイヴ」は名作ですけど、映画は愛で解決するでしょ。何億年も続いた、人間の歴史まで超えた怨恨が、愛してますで和解はせんから。付き合って一箇月のカップルだって、こじれて別れるっていうのに。
平山 愛にするとみんなが納得するからじゃないの。だったらリーマンショックも愛で解決すればいいのに(笑)。
|
(続きは本誌でお楽しみください) |
|
|
|
【京極夏彦さんの本】
南極(人)
2008年12月15日
定価1,995円
単行本 |
|
|
|
|
|
京極夏彦
きょうごく・なつひこ●作家。
1963年北海道生まれ。著書に『姑獲鳥の夏』『嗤う伊右衛門』(泉鏡花文学賞)『覘き小平次』(山本周五郎賞)『後巷説百物語』(直木賞)『どすこい。』等。 |
|
|
|
平山夢明
ひらまや・ゆめあき●作家。
1961年神奈川県生まれ。著書に『「超」怖い話』シリーズ、『鳥肌口碑』『独白するユニバーサル横メルカトル』(日本推理作家協会賞)『他人事』等。 |
|
|
|