青春と読書
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第32回すばる文学賞受賞記念対談
対談 「携帯」によって生み出された重厚な文学 角田光代×天埜裕文
 殺人を犯した主人公が、あてどなく町を彷徨(さまよ)う。そこに生起する出来事が主人公の視線で淡々と描写されていく――その圧倒的な文章力を、五人の選考委員が揃って評価した、第三十二回すばる文学賞受賞作『灰色猫のフィルム』。作者の天埜裕文さんは、この受賞によって「仕事としてものを書く人間になる」ことを決意したそうです。作家として第一歩を歩み始めた天埜さんに、選考委員としてこの作品を第一に推したという角田光代さんから、熱いエールを送っていただきました。


●二十二歳で初めて書いた小説

角田 『灰色猫のフィルム』には、異様な凄味や強さがありますね。母を殺して家を出た主人公の感情が一切書かれていなくて、目の前の光景だけが描かれている。なのに私は心を揺さぶられたし、感情が高ぶったりもしました。選考委員会で一番に推しました。
天埜 ありがとうございます。
角田 新人賞の選考の場合、年齢も性別もわからない状態で作品を読むので、最初は三、四十代の方が書いたのかなと思っていたんです。あとで二十二歳だと聞いて、びっくりしました。しかも携帯電話を使って書いたと聞いて、またびっくり(笑)。初めて書いた小説だそうですが、すんなり書き出せましたか。
天埜 どういう内容にするのかはわりとすぐに決まって、あとはあまり考えずに、ひたすらメールに書いていきました。完成したものを原稿用紙に写す時間も含めて、かかったのは十カ月くらい。ほとんど推敲もしませんでした。
角田 天埜さんの文章は、携帯で書いたとは思えないくらい重厚ですよね。ケータイ文学の対極にあるような気がしました。でも、メールに書いているとイライラしませんか。「お」を出そうと思ったら、五回もボタンを押さないといけないし。
天埜 それは全然なかったですね。僕はパソコンを使わないので、携帯で書くしかなかったから。苦ではありませんでした。
角田 携帯だと、どこでも書けますよね。
天埜 いえ、僕は自分の部屋だけで……。リラックスできる場所じゃないと、書けないみたいです。
角田 途中でイヤになったりしませんでした?
天埜 まったく書かない日もあったし、長いときでも続けて二時間くらい。短期間に集中して書いたわけではなかったので、イヤになることはありませんでした。

(中略)

●読書の入り口で出会った金原ひとみと村上龍

角田 私は小さい頃から本が好きだったんですが、それはお友だちとうまくいかなくても、自分の世界を持てたからなんです。天埜さんはどんな読書体験をされてきたんですか。
天埜 最初に小説を読んだのは、高校三年のとき。当時話題になっていた、金原ひとみさんの『蛇にピアス』でした。でもそこから本を読む生活が始まったわけではなくて、次に読んだのは専門学校に入ってからでした。友だちが村上龍さんの小説を読んでいたのがきっかけで、村上さんの本をバーッと読んで。
角田 高校三年までは、あまり読んでいなかった?
天埜 全然読んでいないですね。
角田 重厚な文章を書かれるので、たくさん読んできた人のように思っていました(笑)。

(続きは本誌でお楽しみください)
【天埜裕文さんの本】
『灰色猫のフィルム』
2月5日
定価1,155円
Now Printing
プロフィール
角田光代
かくた・みつよ●作家。
一九六七年神奈川県生まれ。著書に『空中庭園』(婦人公論文芸賞)『対岸の彼女』(直木賞)『ロック母』(川端康成文学賞)『三月の招待状』等。
天埜裕文
あまの・ひろふみ●一九八六年千葉県生まれ。
小学校二年生より不登校に。フリースクール、通信制高校を経て美容専門学校中退。初めて書いた小説が受賞作となる。
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