大ベストセラーとなり映画にもなった辻仁成さんと江國香織さんの共作『冷静と情熱のあいだBlu』『冷静と情熱のあいだRosso』(一九九九年、角川書店)が刊行されて九年、再びおふたりのコラボレーション小説『右岸』(辻仁成著)『左岸』(江國香織著)が刊行されました。このふたつの作品は雑誌「すばる」で二〇〇二年二月号から二〇〇七年八月号まで連載された大長編です。両作品共通の登場人物である九(きゆう)と茉(ま)莉(り)の五十年に及ぶ波瀾に満ちた人生を、『右岸』では九から、『左岸』では茉莉からの視点で博多やパリなどを舞台にして物語が展開されています。長い年月を経て完成された『右岸』『左岸』が誕生した経緯や、作品に込められた想いなどをおふたりに語っていただきました。
●ふたりのコラボが再び始まったわけ
辻 『冷静と情熱のあいだ』が出たすぐ後ぐらいに、もう一回ふたりで組んで小説をやろうという話になったんだよね。
江國 多分二〇〇〇年か二〇〇一年ぐらいにやろうって言ったんじゃないかな。
辻 今度はもっと長いのをやりたいよねっていう話をしたんだよね。
江國 そう、下北沢のバーで。
辻 恋愛小説ってとにかく結論を急ぎ過ぎる。だいたい五年とか十年とかで突然物語が終わるでしょ。コラボレーション小説で結末を問われるっていうのはよくないっていう話になって。だから壮大なライフストーリーをやろう、それもラブストーリーですごく長いものを、と盛り上がった。男女の作家がコラボレーションすることで、一生でも短いような、一生かけても巡り会えるかどうかわかんないものを書いてみようって。
江國 うん。確かに時間というのはテーマの一つでしたね。『右岸』と『左岸』というタイトルもそれをなんとなく感じさせる。川のように流れていく時間という……。
だめだめな人生を描くことも一番最初に決めてたよね。
辻 そうそう。だめなふたりってね。九ちゃんは超能力者で、スプーン曲げ少年。
江國 茉莉ちゃんはブラコン、ブラザーコンプレックスの女の子。踊るのと歌うのが好きで、すぐに男の人を好きになる(笑)。そういえば、どうして福岡が舞台になったんだろう。
辻 取材で博多で飲もう、ラーメン食べに行こう、みたいな話から始まってるよ絶対(笑)。
江國 うん、それでしたね(笑)。
辻 僕が幼い頃を過ごした博多がいいところなんだって話もして。それに九州弁がいいねって話で「九ちゃん」という名前に決めた
江國 茉莉の名前もその場で決めたね。
辻 屋台の文化を見るとわかるけど、アジアの文化と密接していて、あれだけエネルギッシュな日本の街というと那覇と福岡しかない。福岡は大きな街だからさらにダイナミックなところがある。風水的にはアジアからやって来た龍が頭を出すところらしいし。そんな勢いのある街だから、あそこを舞台にしたいと思った。
江國 うん、うん。
辻 それとこの本の装幀をした新妻さんが幼い頃、小学校の用務員室で育ってるんですよ。で、その話を僕が江國さんにしたら、それいいねっていうことになって。じゃあ九ちゃんは僕の母校の小学校の用務員室で育つことにしようと。
江國 その学校も含めて、筥崎(はこざき)宮のお祭りとか、取材に行った福岡ではいろんなものを見たよね。今回みたいに具体的に物語が決まった後で取材に行くと、普通に旅に行くのとは違う目線で見えた。
辻 見え方が違う。
江國 そう。この小学校に通ったんだって思うと茉莉ちゃんがあたかも実在の人物、それも自分がよく知っている人のような気持ちになる。そしたら、茉莉ちゃんがこうしただろうって行動が見えてくる。例えば女学校の頃だったらこのオルベラ(博多にある喫茶店)でクリームソーダを飲んだのかなとか、デートするならこっちだったかなとか。走ってるバスのピンクと白の色もよその町のバスとは違う、親しいものに見えてくるから不思議……。
●刺激しあい、拡がっていった物語
辻 『冷静と情熱のあいだ』みたいにぴしっと「構成」を決めてやることはしなかったんだよね。最初と最後は決めてあとは自由に時々連絡とって緩やかにいこうよって。それでかえって難しくなったことはあったかな。
江國 有形、無形でありましたね。例えば九ちゃんの外見がどうなっているのかとか、いるのは博多なのかパリなのかとか、それによって茉莉の話も変わる。前回もそうでしたけど、はっきり見えない形でも影響があった。
辻 確かに。連載している間にちょっとした戦いもあったよね。勝ち負けはないんだけど、駆け引きがある。お互いが相手に対して、「悔しいな、こんなこと書いて」と思う瞬間があって、そうすると、自分の主人公をもっと面白くしてみようと思ったり。そういう相乗効果がコラボレーション小説の醍醐味なんです。
僕が大変だったのは、連載中、茉莉ちゃんの男が次々変わっていくこと。どこかで茉莉ちゃんの男と九ちゃんをつなげたかったんだけど、タイミングが難しくて(笑)。
江國 でも『右岸』はもっと見えないからもっと大変(笑)。
辻 九ちゃんは車持ち上げたり、スプーン曲げたりが当たり前になっちゃってすごいことになってたからね(笑)。
江國 時間のズレも大変だった。例えば私が一九七八年を書いていて、辻さんがまだその時代を書いていなかった時、九ちゃんが何をしているかが全くわからない(笑)。
辻 同時にスタートしてればもっと書きやすかったのかもしれないね。そうだ、江國さんに一回「ずるい」って言われたんです。僕は最初からずーっと九ちゃんの子供時代を書いてたんだけど、江國さんは茉莉ちゃんが十七歳の時から物語をスタートさせて、子供時代は回想形式だったから。
江國 だって辻さんが本当に楽しそうにいつまでも書いてたから(笑)。これも最初に決めてたんですけど、長い時間を書く小説だから、ふたりの子供時代をちゃんと書こう、人間の核になるところは子供の時にできるからって。大人になって変化する部分と絶対変わらない部分が出てくる感じはちょっと書けたかも、と自負してます(笑)。読者の方には、五十代ぐらいの茉莉ちゃんと九ちゃんの中にも小学校の時の彼らを感じてもらえると嬉しい。
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(続きは本誌でお楽しみください) |
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【辻 仁成さんの本】
『右岸』
発売中
定価1,785円
単行本 |
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【江國香織さんの本】
『左岸』
発売中
定価1,785円
単行本 |
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辻 仁成
つじ・ひとなり●1959年東京都生まれ。著書に『ピアニシモ』(すばる文学賞)『海峡の光』(芥川賞)『白仏』(仏フェミナ賞)等。現在はフランスを拠点に執筆や音楽活動などに取り組んでいる。 |
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江國香織
えくに・かおり●1964年東京都生まれ。著書に『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』(山本周五郎賞)『号泣する準備はできていた』(直木賞)『がらくた』(島清恋愛文学賞)等。 |
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