青春と読書
青春と読書
青春と読書
特集 ナツイチ
インタビュー 恋愛にゴールはない 村山由佳
 今年も、魅力的なラインナップが揃ったナツイチの季節がやってきました。
 ナツイチ常連の大人気シリーズ、村山由佳さんの「おいしいコーヒーのいれ方」は、すでに累計三百万部を超え、六月二十六日発売の第十巻『夢のあとさき』(集英社文庫)で、ファーストシーズンが完結します。主人公の和泉勝利(いずみかつとし)と五歳年上の花村(はなむら)かれんの甘酸っぱい恋愛模様とそれをとりまく個性あふれる登場人物が織りなす物語は、幅広い年齢層から愛され、多くの読者に支持されています。
 現在、早くもセカンドシーズンに取り組まれている村山さんに、ファーストシーズンを振り返りつつ、シリーズ全体についてお話をうかがいました。

●自分の感情を種にした十年


――この「おいしいコーヒーのいれ方」シリーズは、村山さんにとってどのようなものでしょうか。

 ちがう仕事やまったく関係ないことをしていても、いつもずっと頭の隅にあるのが「おいしいコーヒーのいれ方」の世界ですね。もう長いことつきあっている作品なので、「あっ、これは『おいしいコーヒー……』のなかで書けるな」と、つねにこのシリーズのために栄養分をとっておいている感じです。

――最新刊の『夢のあとさき』でファーストシーズンが完結しますが、このタイトルはどういうところから?

 タイトルは、自分一人の抱く夢が一つ、二人が結ばれる夢が実現して、一緒にうつらうつらする、とりあえずいまは幸せ、というあたりをかけて、ちょっとふわっとしたものをつけたかったんです。
 それから、これを書いているときは、どうしても勝利の視点に強くシンクロしてしまうので、勝利が落ち込むときはわたし自身も気分的に暗くなるし、彼と同じく、傷つけたいわけじゃないのについ相手を傷つけるような言葉が出てしまったり、書いていてすごくしんどいんです。でも、そのしんどさを読者にも共有してもらわないことには、第一部のラストが説得力を持たないだろうと思ったので、そのあたりはかなり根を詰めて書いていた覚えがありますね。だからついつい長くなってしまって、この『夢のあとさき』はほかの巻に比べて分厚いんですよ(笑)。

――この作品では「嫉妬」が、かなり重要なテーマになっているように思いますが。

「自分のなかでいちばんコントロールがむずかしいのが嫉妬の感情だ」というような勝利の言葉がありますが、わたしもまあ少ないながら恋愛をしてきて(笑)、そこがいちばんむずかしいと思います。自分の汚さと向き合わされるというか、どういうわけだか自制心が利かなくなるのが、嫉妬という感情。
 書きながら、わたしのなかにかつてあった感情の数々を種にして、それをどれくらい増幅させていくかという作業をしていくわけですから、書いているときはつらいんです。でも、物書きである以上、そういういろんな感情が自分に備わっていてよかったな、と思うんです。そういうものがあって初めて書けることがいっぱいある。読者が読んで自分のことが書かれているようだと思ってもらうには、こちらが裸にならないとどうしようもないところがあるんですね。ああ恥ずかしいなあ、と思いながら、毎回素っ裸になっています。

――十年にわたって書き続けてこられたわけですが、最初から今回のラストを頭に描きながら書かれていたのでしょうか。

 いえ、そもそも第一話を書いたときには、短篇のつもりで書いていましたから、ラストをどうしようとかは考えていませんでした。二話、三話と続いていく間も、担当編集者から、とにかく恋のクライマックスは終わるまでとっておきましょう、と言われていたんです。でも、これはきっとほかの小説をいろいろ書いてきたこととも関係していると思うんですけれども、書き続けるうちに考え方が変わってきた。二人が結ばれるのをラストに持っていくと、そこが恋愛の終点のようになってしまう、いやそうじゃないだろう、と。現実のカップルも、お互いに身体を重ねたあとにより絆が深まったり、逆に誤解や悩みが生じることがある。ここをゴールにするんじゃなくそのあとまで書いていかないと嘘なんじゃないかと思って、とりあえず十巻目で一区切りつけた感じです。

●「おいしいコーヒー」は外付けメモリー

――「おいしいコーヒー」というシリーズ名だけあって、コーヒーをいれるシーンがよく出てきますが、喫茶店「風見鶏」など、具体的にモデルとなるお店はあったのでしょうか。

 具体的なモデルはないですが、わたしが大学時代にときどき行っていたのが、池袋の「KAZAMIDORI」というお店だったんですね。その名前が印象に残っていて、喫茶店の名前を考えたときに「ああ、『風見鶏』にしよう」という気持ちはありましたが、店構えなんかはまったくちがいます。むしろ、わたしの兄がものすごくコーヒー好きで、喫茶店でアルバイトをしていて、わたしもその店へ行ってはよくココアをおごってもらったりしてたんですけど、店内の構えやマスターの雰囲気などはその喫茶店のほうが近いですね。特にマスターのキャラクターにはかなりうちの兄貴が入っている気がします(笑)。

――コーヒーをいれる作業はゆったりとした時間を生むと思うのですが、実際村山さんご自身はいかがですか。

 今回の文庫のあとがきにも書いたんですが、鴨川から東京に暮らしを移すことによって、けっこう自分でコーヒーをいれるようになりましたね。最初はどうにもへたくそで『コーヒーの淹れ方』というような本を買いまして……なんで連載を始めて十年も経ってからそんなことをしているんだろう、と思うんですけど(笑)。
 自分で毎日いれるようになったらだんだんわかってきて、こだわるようにもなり、このごろでは原稿を書く前にそれまでの気持ちのざわつきから一拍置くためのインターバルあるいは儀式のようにコーヒーをいれています。

――このシリーズでは、そういったご自身の経験をかなりとり込まれているのでしょうか。

 あまりに感情移入して書いてきた分だけ、自分の経験を書いたものなのか、書いたから自分の経験のように思えるのかがわからなくなっちゃって。最初の第一話が載ったときから十五年も経っているので、いまとなってはもうわたし自身の一部ですね。この「おいしいコーヒー」十何巻分が、いわばわたしの外付けメモリーみたいな感じです(笑)。
(一部抜粋)
webナツイチ
http://bunko.shueisha.co.jp


村山由佳のCOFFEE BREAK
http://www.shueisha.co.jp/coffee/
【村山由佳さんの本】
『夢のあとさき おいしいコーヒーのいれ方X』(集英社文庫)
6月26日発売
定価480円
プロフィール
村山由佳
むらやま・ゆか●作家。
1964年東京都生まれ。著書に『天使の卵―エンジェルス・エッグ』、『翼cry for the moon』『星々の舟』(直木賞)『いのちのうた』(環境童話コンクール大賞)など。
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.